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「前肢」と「後肢」の機能差について

京都大学大学院医学研究科人間健康科学系専攻 教授
梁 楠

ヒトは進化の過程で直立二足歩行で移動できるようになり,四足歩行動物のいわゆる「前肢」が上肢に,「後肢」が下肢に生まれ変わります.直立しますと,身体重心が高くなり不安定で転倒しやすくなったり,また脊椎への圧迫が増大することでヒト特有の悩み「腰痛」が生じやすくなります.しかし悪いことばかりではありません.直立することで目線が高くなり視野が広がりますし,歩行時のエネルギー消費は減少しますし,そして上肢や手は移動手段として使われなくなって自由になったことで,運動機能の発達が促進されました.とりわけヒトの手は,複雑でかつ巧緻性に富んだ運動機能を獲得することで道具を使用したり物を作ったりすることが可能になり,またそれに伴い知能が発達したことで,人類の文化や文明は飛躍的発展を遂げました.

それでは,私たちの手足の運動はどのように行われているのでしょうか.全ての随意運動には関連する筋の活動が伴っており,その筋の活動をコントロールしているのは脊髄の神経細胞です.手の筋も足の筋も同じで,脊髄にある神経細胞が発火すれば収縮し,発火しなければ収縮しません.しかし,1つの神経細胞とそれによって支配される筋線維の数(運動単位)は手と足では著しく異なり,手では数十本から百本単位,足では数百本から千本単位が一般的です.つまり,解剖学的には手のほうは巧緻性が高く微細な力調整に向いているのに対して,足のほうは大きい力出力に向いていると言えます.また,足では体重を支えるために常に踏ん張っていないといけなくて,無意識的に調整されかつ比較的疲れにくい「抗重力筋」があることも知られています.

実際神経細胞が発火するかどうかは,大脳中枢から降りてくる信号と末梢感覚から上がってくる信号の合算で決まるため,その神経細胞のことは最終共通路(final common pathway, Charles Scott Sherrington)と呼ばれています.随意運動の開始時は必ず大脳皮質からの入力を必要としますが,手の筋に関しては大脳皮質の神経細胞が長い軸索を伸ばして脊髄の神経細胞まで信号を届けているのに対して,足の筋の場合はどちらかというと間脳,脳幹,小脳にある神経ネットワークが賦活して,脊髄にある中枢パターン生成器を駆動してリズミックな筋収縮や運動を作り出しています.つまり,手の運動は常に大脳皮質の制御下にあるのに対して,足の運動は皮質下で実現されている部分が多いのです.したがって,脳卒中や脳腫瘍,頭部外傷など脳に損傷が生じ運動麻痺が生じた場合,足と比べて手の運動機能障害の程度が重度で,また機能回復しにくいことが理解できます.

大脳皮質で運動に最も重要な部位は一次運動野と呼ばれており,ペンフィールドの小人図(ホムンクルス)と呼ばれる体部位局在が存在することが知られています.その中,手に関する脳領域は足に比べて広いのは一目瞭然で,一次運動野の神経細胞が手の制御に深く関わっているのが分かります.余談ですが,体部位局在についてペンフィールドが初めて論文で述べたのは1930年代のことで,あれから100年弱の年月が経った今,その脳地図が見直されていることがとても興味深い.新しい脳地図では,身体部位に対応する領域は従来のように連続的ではなく,その間に直接運動に関わらないエフェクター領域が存在し,注意や行動の選択に関わる他の脳部位と結合し,全身運動の企画や実行に関与しているようです(Gordon et al. Nature 2023).当たり前の常識が覆される,それも研究の醍醐味ではないでしょうか.「前肢」と「後肢」の機能について,またじっくり考えることとしましょう.